藤森泰司さんの場合 <5>


3D CADの感触と手仕事の感触はつながる!?

藤森:今はこれだけ3D CADが発達すると、いきなり、と言っていいか分からないけど3Dから考えられる。その、3Dのヴァーチャルな中でかたちを作っていく作業が、逆に、椅子のプリミティブな作り方とちょっと繋がってくる感じがあります。合理的な三面図を描くときは、作りやすいとか描きやすいとか、そういう意識が働いている。とくに側面図を描いたりするときに。実は3Dの方が、図面で考える縛りから抜けられる面がある。
それはいい意味でも悪い意味でもあるんですけど、その感じが、図面など描いていなかった昔の、材をこう組み合わせたらどうなるのかなっていう手の調整感覚とどこかで繋がってくるっていうか、そういう意味で3Dの不思議な面白さっていうのはありますね。
3D CADがプリミティブな感覚につながるって、すごい。それはデザイナーでなければ分からない感覚ですね。
藤森:面白いですよね。僕らはモダンデザインの教育と考え方をシャワーのように浴びている世代だからそう思うのかもしれず、今の若い人たちはさらに先に行っちゃっているんでしょうけど。ただ3Dで作業すると、まるで完成しちゃっているように見えて、成り立ってないことが理解できないという齟齬がある場合も多くて、良し悪し両面ありますね。
図面っていうのは結局、椅子でもなんでもプロジェクトを第三者に伝えるための手段としてある。近年そうしたプロセスが急速に変わってきていて、これからどんな伝え方をしていったらいいのかという話は、林さんとよくしています。
それはどの分野も直面している課題ですね。

藤森:イノダ+スバイエは完全にデータでメーカーに渡しているんだと思います。メーカーはもらったデータをもとに、CNC(コンピュータ数値制御)マシンの入力用データを作る。
僕らの場合、渡したデータからそのまま作るとなると少し不安になります(笑)。「いやもうちょっとあなたたちのフィルターを通してからやって下さい」っていう感じになる。要はコミュニケーションを取りたいんですよね。写真もそうですよね。今、写真家の仕事は昔よりもデータ処理の仕事が増えてきちゃってる。昔はフィルムで撮って、ラボに渡してラボの人と話しながら、ここちょっと明るくしてっていうコラボレーションの作業があったけど。今は作業がダイレクトになっているから責任の所在が、逆に全部こっちに降りかかってくるっていう。相手からすれば、いやデータ通り作ってますから、みたいになる。
これからのデザインは、どういうプロセスになっていくんでしょうね。
藤森:紙なんか一切使わない人もいるでしょうね。もう完全にコンピューターの中だけで成立させちゃってるっていう。
それでもモデルだけは作るんですかね?
藤森:モデルも3Dプリンターでしょうね。
僕らはまだアナログで、模型を作りながら考えているところもあるので、手作業は辞めてないですけど。


▲手作業で製作された模型


3Dプリンターって、アクロバティックな形も簡単に作れるけど、それが構造的に成り立っているのかっていうことは解析して調べるんですか?
藤森:解析は3D CAD上で行うので、プリンターは出すだけですね。
一方、手作業で模型を作ると、あっ、これ前脚の取り付け角度がちょっと微妙だなって思って、その場で広げたりできる。そうすると、じゃあ後脚の傾きも調整しようかとか、そこでスタディが進むわけです。それはそれで有効なんですけどね。
プロトタイプを作る時も、製作者に最終的には図面を渡すんですけど、まず先に、ざっくりと寸法と素材を記したラフなスケッチを見てもらいます。その方がうまく伝わったりするんです。



▲ラフなスケッチ


なるほど。イタリアデザイン界には、*17ジョヴァンニ・サッキ という名モデラーがいて、相当な数の木製モデルを作っていました。巨匠含め当時のデザイナーたちは彼と対話して、彼が解釈して作った木製モデルがイタリアデザインの発展を影で支えたとまで語られています。そうしたコラボレーションがプロジェクトにどのように影響するのか、検証する価値はありますね。


*17 Giovanni Sacchi 1913-2005




藤森ウィンザーチェアの世界
その3 座る人の身体に反応する椅子


さて、再び藤森ウィンザーに戻りますね。インタビュー序盤にも登場した「Tremolo」です。
藤森:はい、「Tremolo」は、単純な線とボリュームという、先ほどお話した、子供が描いた落書きのようなイメージから始まりました。ウィンザーチェアは十分座り心地のいい椅子なんですが、例えばパイプの椅子のような「たわみ」がないんですね。そこで、身体に反応するウィンザーチェアができないものかと。
座っていいですか?
藤森:はい、結構たわみますよ。
今までデザインしてきたものは、スピンドルを座面から上に向かって閉じるように配置していたんです。でも、そうするとたわみにくい。そこで、この椅子では細いスチールのスピンドルを上に向かって開き、動きが出るようにしました。背座の柔らかな天然木のムク材と、繊細で硬質なスチールとのコントラストが、この椅子に独特な表情をもたらしたと思います。



▲「Tremolo」



その4 「omi」

藤森:これが一番新しい「omi」です。 *18 カリモクから発表するんですけれど、実は、通常の商品開発とは異なり、偶然のストーリーがきっかけで生まれたプロジェクトでした。
建築家の *9 伊東豊雄さん率いる *19 伊東建築塾(以降、伊東塾)が、その拠点の一つとして活用している場所に、愛媛県、大三島にある「憩の家」という小学校の旧い校舎を再利用した宿泊施設があります。その「憩の家」をリニューアルするプロジェクトに僕も参加したんです。



▲「憩の家」 / Photo:Katsuhiro Aoki


あ、行ったことあります。
藤森:そうですか!
そのリニューアルに際して、食堂で元々使われていた家具を確認したところ、古いカリモクの椅子だったんですよ。
なるほど!
藤森:面白いなと思って、これをリペアして使えばいいんじゃないかと、プロジェクトの経緯も含めカリモクに相談しました。そうしたら先方が伊東塾の活動に共感してくれて、「リペアはもちろん出来ますけれど、新たに藤森さんがデザインしてくれたら60脚寄付します!」って。もうびっくりして、そこに合う椅子は何かを急遽考え始めました。
まず思い浮かんだのが、以前スイスのバーゼルに行った時に見た椅子でした。
どんな椅子ですか?
藤森:スイスのカフェやレストランで良く使われているアノニマスなものなんです。
バーゼルというと、 *20 ジャスパー・モリソンがデザインした「バーゼルチェア」というのがあるんですけど、これはおそらくスイスの伝統時なカフェの椅子のリ・デザインです。
僕が見たのはこの椅子、バーゼルのホテル「Krafft Basel」のレストランのもの。
ここは、クリエイターに人気のホテルですね。
藤森:はい、要するに、白いクロスをきちんと敷いたテーブルに黒い椅子を合わせるというのがスイスには多く、その印象がずっと頭に残っていて…、とくに朝ごはんの風景が。朝ごはん好きですね、僕(笑)。
伊東さんが、「憩い家」はすごく朝が美しいところだし、朝ごはんを白いクロスで食べるっていうイメージを持たれていると聞いて、この風景がすぐ思い浮かんだんですよ。


▲バーゼルのホテル


藤森:そしてさらに具体化していくときに、スクロールバックチェア というウィンザーチェアの形式がまた結びつき…。それでこのスケッチを描いて、かたちにしていきました。
リノベーションされた旧校舎に、白いクロスと清潔感のある黒い椅子がフィットするんじゃないかなと。それから、椅子がたくさん横に並んだ時に、いかに美しく見えるかを検討しました。


▲「Omi」スケッチ


以前にここに伺った時はリニューアル前で全然違いました。内装はどなたが?
藤森:内装は、伊東塾が担当して、食堂や客室の家具をうちで担当したかたちですね。この場所だけのための家具をカリモクが作ってくれたわけです。
場所のために生まれる家具ってすごくいいですね。
藤森:はい、まさに。この場所のために。
スクロールバックチェアは、通常は背もたれの笠木の下に、もう一本横木(セントラルステイ)が入っています。だけど、それが今回の椅子にはなんとなくしっくりこない。新しい背の形式はないか?と考えはじめ、最終的には、背骨を避け、その周りの背筋を支えるように両脇のスピンドルから笠木の中央に向かって斜めにステイを2本配置し、現在の形になりました。すると偶然、(大三島の)「大」の字に見えるなって(笑)。
また、僕にとってはウィンザーチェアに座クッションを取り付けたのもこの椅子が初めてでした。
座り心地いいですね。私は奥まで腰を据える座り方をあまりしないもので、座の奥行きが浅い方が姿勢を支えてくれていいなと思います。ヨーロッパの椅子、とくにソファはとにかく奥行きがあるので、手前のほんの一部でしか座ってない、みたいな。
藤森:ちょこんて感じなんですよね。日本人的なね。
そうなんです、浅いのもいいですよね。
藤森:そういえば、プロトタイプを作る時、製作者に「この背もたれのR寸法で大丈夫ですか?」など、座面の大きさや奥行きについても何度か確認されました。
どうしてでしょう?
藤森:要は、一般的な椅子のスケールとちょっと違うので、心配されていたわけです。僕らにとっては、既に獲得していたスケールだったので、「大丈夫ですので、作ってみてください!」と念押ししまして。実際、プロトタイプが出来上がってみたら皆さん納得してくれました。
まあこんな風に、一脚一脚にそれぞれのストーリーがあります。その都度、自分なりの実験を盛り込んで作っていますね。



*18 カリモク家具株式会社(karimoku)1947-
*19 伊東建築塾 NPOこれからの建築を考える
*20 Jasper Morrison 1959-




前のページ ・ 次のページ


インタビューTOPページへ戻る