藤森泰司さんの場合 <4>


椅子の出自が違う?トーネット vs ウィンザーチェア

トーネットの話が出ましたけれども、曲木の椅子から発展した、曲げパイプの椅子もデザインされていますね。
藤森:スチールパイプはよく使いますね。
ATELIER MUJI GINZAで以前、曲木と曲げパイプの椅子の展示を企画したんですけども、もう一つの椅子の原型と進化を探るのはすごくおもしろかったです。藤森さんはトーネットにのめり込んだことは?
藤森:トーネットも大好きなんですけどね。いわゆるパイプ椅子の原型じゃないですか。もちろん好きなんですけど、トーネットの椅子はやはりトーネット社が開発した曲木技術が前提です。要するに家具をプロダクトとしてどうやって開発したらいいかっていう視点で出来ているものだと思うんですが、ウィンザーチェアはもっと自然発生的に生成した民衆家具の一つですよね。そこには、様々な議論があるとは思うんですけども。ウィンザーに興味があったってひとつの要因は、そのプリミティブさなんじゃないかなって気がしています。
たしかに曲木の方は、大量生産との絡みで出てきた技術あっての椅子ですし、歴史的に19世紀までしか遡らない。ウィンザーチェアとは目的や発祥の仕方が違いますね。
藤森:そう、ぜんぜん違うんですよね。書籍『近代椅子学事始』によると、シェーカー、ウィンザーチェア、明の椅子、そしてトーネットの4つが近代の椅子のルーツとされています。でも、トーネットだけちょっと出自が違うのかもしれないって、WDでは話しています(笑)
そうなんですね!



▲「長く生きる。“DNA”を繋ぐ50脚の椅子」展の会場の様子 / ATELIER MUJI GINZA 2019


藤森:とはいえ、広く色んなところに浸透したという意味では確かにそうです。パイプ椅子を生み出した要因でもありますしね。
そうですね。機械というか、新たな技術なしには生まれてこなかった椅子なので、個人的にはトーネットの方が「デザイン」の原型のように思います。
藤森:そうですね。椅子を組み立てずパーツで輸送するノックダウン方式など、すごい発明だとは思います。
その発明に魅了されている部分はあると思うんですけど。たしかにウィンザーとは、本当に出自が違いますね。
藤森:林さんとウィンザーチェアの歴史を分析してみたら、80年代だけあまりデザインされていないことが分かりました。80年代から90年代前半ぐらい、ポストモダンの時代は、おそらく古臭いものとして遠ざけられたけど、60年代70年代にはすごく作られていたんですよ。
*10ウェグナーや *11タピオとか?
藤森:そうですね、デンマークでもいっぱい作られています。
やはりデンマークが一番多いですか?
藤森:「リ・デザイン」されたものが多いんでしょうね。要するに *2「FDB」もそうですけど、「リ・デザイン」の文化ってやっぱりデンマークなんです。ポンと新しいものが出てくるのではなくて、歴史をきちんと引き継いで作るという。その思想は *12コーア・クリントから始まり、彼から影響を受けた *13ボーエ・モーエンセンや *14ポール・ヴォルターらが、実践として古いものを引き継いで作るなかで、一つの原型としてウィンザーチェアが出てきたのではないかと思うんです。ウィンザーチェアは、同じパーツを切って作るなど、やり方によってはとても安価に仕上げられますから、「FDB」には向いていたと思います。



*10 Hans Jørgensen Wegner 1914-2007
*11 Ilmari Tapiovaara 1914-1999
*12 Kaare Klint 1888-1954
*13 Børge Mogensen 1914-1972
*14 Poul M. Volther 1923-2001



師匠、大橋晃朗のこと。そして再び実測のはなし。

ウィンザーデパートメントは「リ・デザイン」に意識的に取り組んでいるんですけれど、日本で「リ・デザイン」を意識的に教えた人っているんでしょうか?
藤森:どうでしょう…
その意識が日本では薄いような気がするんです。
藤森:僕らの世代よりも前の世代の教育の方がもっとあったのかな。僕の師匠の *15大橋晃朗っていう人が…
大橋さんが師匠だったんですか?
藤森:そう最後の弟子なんです。大橋晃朗は初期にシェーカー家具の研究をやっていたんですよ。まだ日本にそれほどシェーカーの情報がない時代に、シェーカーの椅子を独自に複製したそうです。そういう影響もありましたね。後に先生がデザインした家具は全然違いますが。
作風はたしかポストモダンだったというか…
藤森:ポストモダンの時代だったっていうのもあるし、僕が学生の時は、*16倉俣史朗さんも然り、この世代の人たちは既存のものとはまったく違うものを作るんだ、というところでデザイナーとして、作家としてやっていく意識がすごくあったと思うんです。僕はそんな時代に大学で実測の授業を受け、そのやり方を学びました。もちろん、歴史的な家具の「リ・デザイン」の話もありました。大橋自身はそれを経て、すごく過激な表現をしていましたけど、教育はまず実測からでした。
そうですか、面白い話ですね。大橋さんの作品から想像したのとは逆の授業です。やはり基礎をきちんと踏まえていた人だからこそ独自の表現へと進めたんでしょうね。
藤森:そうですね。だから僕も学校で教え始めた頃は、実測の授業をやっていました。
私はデザイン教育を受けたことがないので分からないんですけど、実測というのは、パーツごとに測っていくということですか?
藤森:僕が最初にやった実測は、大橋先生の研究室に名作椅子がいっぱい置いてあって、そのなかから学生が自分で一脚選んで測るというものでした。で、僕はシンプルだと思ってウェグナーの「ブルチェア」 を選んだんですね。ところが手で削っている部分があって水平垂直もない。そういうことを知らないから、実測するのに一番難しい椅子をシンプルだと思って選んでしまった。先生はニコニコしてました(笑)。
で、椅子を大きな模造紙の上にどんって置いて、例えば、椅子の背もたれのカーブに1センチごとに目盛りを付け、その目盛りから「下げ振り」を落として模造紙の上にマーキングしていくんです。下げ振りっていうのは、測量で使う糸の先に重りがついた道具ですね。で、マーキングをつないでいくと背もたれのラインが現れます。
立面的な高さは床から測り、垂直に対しての傾きは壁を利用したり垂直面を作ったりして、そこからの距離を出します。そうやって、ひとつひとつ測って三面図(原寸図)を描き上げるんです。 そうすると、何気なく見ていた椅子が、こんなによくできているんだ、ああなるほど、こんなところがこんなことになってる、ということが頭で分かるっていうよりも体感できる。それでびっくりしちゃって、実測の体験が、家具って面白いと思うきっかけになった。椅子は彫刻的でもあり、使える道具でもある。
すごい、今でもそういうことを?
藤森:今は学校教育でもそこまで厳密に測るところは少ないと思います。時間がかかるので僕たちは3人ぐらいで手分けしながらグループでやっていました。
大変な作業なんですね。
藤森:なんとなくじゃなくて、厳密にやろうとすると大変です。まあ絵の勉強をする人が有名な絵を模写するのと似て、そこで得られる事が結構ありました。それだけで、ものの見方が変わるというか。
どういう風に変わりました?ウィンザーの場合は。
藤森:実測後は、これまでは何気なく見ていているだけで何も見ていなかったんだ、と理解しました。その椅子がどういう成り立ちで、どういう思想からできているのかまで、椅子自体に現れているはずなのに、何も見ていなかった。なので、ものをよく見るようになったというか…。そんなこともあったのでもう一回ウィンザーを実測して体感したいと思ったのかもしれないですね。
今はそういう授業を受けようと思ってもなかなか受けられないでしょうから貴重な体験です。



*15 大橋晃朗(おおはし てるあき)1938-1972
*16 倉俣史朗(くらまた しろう)1934-1991





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