藤森泰司さんの場合 <2>


好きな椅子の寸法はとにかく測る。そしてわかること

藤森さんの場合、これがウィンザーチェアなんだ、って意識をされたきっかけは?「J77」ですか?
藤森:椅子の歴史を勉強すれば *6シェーカーとかウィンザーとか必ず触れるものなので、知ってはいたんですけど、自分で研究、というか、デザイナーにとっての研究をしてみようと思ったのは、その辺が初めてです。のめり込んだきっかけですね。その、のめり込んでいた時期によく実測をしていたんですけど、その時はスタッフ総出で細かく測っていました。「J77」は久しぶりに測りたい!って思わせてくれた椅子だったんです。
細かく実測されて、どんな発見がありましたか?
藤森:そうですね、設計者的な視点かもしれないですけれど、やはり作りながら考える椅子だなって思いました。
要するに、設計者が図面から描いて作る椅子ではなくて、製作者たちが作り方から考えた椅子だなと。逆に、完成した椅子を図面化しようとすると無茶苦茶大変なんですよ。三次元的に水平垂直が一切無いので。
なるほど!
藤森:三面図的な思考方法、つまり、正面・側面・上面/平面で表現するというモダンデザインの教育を僕らは受けているのですが、それには全く向かない形です。おそらく、作りながら考えていった椅子なので。
例えば、組み立て前は脚のパーツを全部同じ長さにして、前脚と後脚の角度を変えて取り付けて傾きを作り、設置面を削って調整する。ある意味合理的ですよね。


▲ ねじ式の脚を取り外した「J77」


勘で組み立てるというか、根っこはDIYな感じですか。
藤森:始まりはそうかもしれないですね。扱いやすい小径木から同じ部材を切り出し、少し傾けた方が座り心地が良くなると気付いたのかもしれない。今なら予め前脚も後脚もパーツとして正確に作りますけど。
その点、「J77」はさらに合理的に出来ていて、脚がねじ込み式だったんです。しかも、まったく同じ長さと形状の脚なんです。その刺し方を変えることで角度を作っていました。
座面に対して、傾きを変えれば角度が作れますよね。座面に彫り込んであるホゾ穴の掘り込みの角度を変えて、同じパーツを刺しても、ちょうどよく綺麗に後傾するように作っているんです。そんなことも衝撃的でした。
図面化するのに苦労するというところにも、ウィンザーチェアの魅力のヒントが隠されているのかもしれないですね。



*6 イギリスからアメリカ北東部に移住したシェーカー教徒たちが、自分たちの手で作っていた椅子。


ものが立ち上がってくる、生成の瞬間の感触が残る椅子

歴史的にウィンザーの図面は残っているんですか?
藤森:初期のものはおそらくないでしょう。後に研究者が描いた図面はありますけれど、初期は図面を描いてものを作るって感じじゃなかったと思います。パーツ図や型紙のようなものはあるかもしれません。
作り手が考えた椅子。なにか、当時の製作風景が見えてくるような椅子ですね。
藤森:物が立ち上がってくる瞬間ってあると思うんです。最初に誰かが、ああしてこうすれば座れるな、作れるなって、そういう原型が生まれる瞬間が。ウィンザーチェアにはそんな感触がまだ残っている感じがします。デザイナーがリ・デザインしても残ってくような、なにか強いものがある。それも惹かれた要因なのではないかと今、ふと思いました。
おもしろいです。すべての物には初めて生成した感動的な瞬間があって、時を超えてそこに立ち返るワクワク感に触れるとでもいうか。例えば、シェーカーの椅子などの場合も、図面を描いて作っているものではないようですね。
藤森:どうなんでしょう。図面から作るものではないでしょうね。
シェーカーはウィンザーと出自は違いますけど、キリスト教の一派のアメリカに移民した人達が、シェーカー教をつくって自給自足の生活をして、自分たちの生活で使うものを自分たちで作ったっていう椅子なので、成り立ちとしては近いですね。
共に原点に触れる力を感じますね。ちなみに藤森さんは、ウィンザーチェアの図面は描かれますか?
藤森:描いてます。ばりばり描いています!


▲ 「Ruca」プロトタイプ



▲ 「Ruca」1/10 ラフ模型


図面化するまでのプロセスを教えていただけますか。
藤森:まず、スケッチから簡単な図面を起こし、まずラフな模型を立ち上げます。それを見ながら修正し、また図面に戻ります。それを何度も繰り返して製作図(製作に必要な詳細図面)を完成させていくんです。一方、形がある程度見えてきたら、原寸模型を作ってフォルムを再確認したり、機能模型といって、実際に座れる模型を作ったりもします。
機能模型は座面と背もたれ部分のみ作って、それを壁に沿わせたスツールの上に置いて、座面や背もたれに身体がどういう風に当たるかを確認、その後に、製作者に発注します。今、ここまでやる人は少ないかもしれません。


▲ 「Ruca」左:原寸模型 / 右:機能模型



▲ 「Ruca」機能模型


そうなんですか! こうした長いプロセスがあることまで読み取れず、使い手は完成した形だけを見ているわけです。プロセスを伝えること、知ることって本当に大切なことですよね、人とものとの関係性を変えるかもしれない。機能模型といえば、ドリルさんたちのスタジオの床には、何気に積み重ねらあれた本の山があって、何かと思ったらそれを座高の確認に使っているそうです。
藤森:なるほど。僕たちは、スツールに乗せた機能模型の前の床に数枚の板材を置いて、体型の異なるスタッフ数人に座ってもらっています。
ひとことで機能模型と言っても、それぞれ工夫の方法に違いがあって面白いですね。





前のページ ・ 次のページ


インタビューTOPページへ戻る