
「人、場所、音楽が揃って空間に調和が生まれる」
文・平山靖子 / 写真・飯本貴子
カフェでかける音楽というのはとても重要でむずかしい
「心地よいカフェ」において、音楽というのは縁の下の力持ちだ。
立地、ファニチャーのしつらえ、メニューの味や見た目、スタッフたちの雰囲気、そしてそれらが価格帯とのバランスが取れているのか。複数の要素がうまく重なり合ってはじめて、「このお店いいな」と感じる人も多いだろう。もちろんそれはカフェ以外のどの飲食店にも言えることではあるのだが、会話をする人、作業をする人、読み物をする人、過ごし方が異なる不特定多数がひとところに集まるカフェは「どんな曲がかかっているか」はとても重要で、むずかしい。それぞれの過ごし方に寄り添いつつも主張しすぎない万能さが求められる。
でもたまには、一息ついたタイミングで「あれ、この曲いいな。なんて曲だろう」なんて興味をそそるようなものもかけたりして。
「……という、カフェでかける音楽は重要という、現代となっては当たり前の話が、90年代の後半においてはそうではなかったんです」。
そう話すのは「IDÉE」のディレクター、大島忠智さんだ。
IDÉEは「美意識のある暮らし」をコンセプトに、国内外のデザイナーとともにオリジナルの家具の制作をおこなうほか、ライフスタイルに関わるさまざまなプロダクトを取り扱うセレクトショップ。都内を中心に8店舗を展開し、観葉植物から本、作家による作品まで幅広いものを手に取ることができる。大島さんは1998年にIDÉEに入社。現在はブランドのディレクションや企画に携わるが、入社して10年ほどは、かつてIDÉEが展開していたカフェで店長を勤めていたという経験を持つ。

スタバもタリーズもない時代に咲き始めた平成のカフェ文化
「CAFFÈ@IDÉE」はかつて南青山にあったIDÉEによるカフェだ。創業は1995年。
重厚感のある木の扉に暗めの照明といった昔ながらの喫茶店ではなく、明るく開放的な空間で、たとえば創作パスタやロコモコなどのワンプレートランチを提供しはじめるお店が増えたのは90年代の後半から。いわゆる「平成カフェブーム」だ。「CAFFÈ@IDÉE」も、そんな平成カフェブームを牽引したお店のひとつといえる。ちなみにスターバックスの日本展開は1996年。タリーズコーヒーは1997年。CAFFÈ@IDÉEがオープンしたのは、シアトル系コーヒーチェーンすら存在しない時代。
「だからこそ、当時のカフェって単純に飲食をするだけの場所じゃなかったんです」と大島さんは言う。
「おしゃれなソファだったり観葉植物だったり、スタッフのファッションだったり、情報を吸収しにいくメディアやサロンのような場所だったんですよね。ライブや映画のイベント、アーティストの作品展示なんかもしていて」。
CAFFÈ@IDÉEも、流行に敏感な若者たちがこぞって足を運ぶ人気店となった。「イマドキ」のお店で働きたいという人も多く、音楽やファッションなどさまざまなカルチャーに傾倒するスタッフが多かったという。
「あの空間にマドンナは……」の発言から新卒でイデーの店長に
しかし、そんな人気店でも音楽と空間との調和は、まだまだ認識されていなかった。
「当時カフェでかかっていた音楽って、スタッフがかけたい曲をそのままかけていたことが多くて。CAFFÈ@IDÉEでも、マドンナがかかっていたりしたんです。マドンナは素晴らしいアーティストだけど、お店の雰囲気にマッチしていたかというと……」。
大島さんはIDÉEの最終面接で、当時の代表を含む会社幹部たちの前で「CAFFÈ@IDÉEの空間にマドンナの曲は合わないと思うんです」
と言ってのけた。
「『何か言っておきたいことはありますか』って面接官から言われたときに『何か印象に残るよう爪痕を残さなきゃ……』って思って」。
当時を振り返って大島さんは笑う。
「ただ、生意気なこと言っちゃったんですが、代表はもっと上手でした。『そんなに言うんだったらお前が変えてみろ』と返された」。

そうしてIDÉEに内定した大島さんは、CAFFÈ@IDÉEの店長に新卒で就任。
音楽をはじめとする空間づくりに邁進してきたそうだ。
「他の新卒同期は、2週間くらいでいろんな部署を回って研修するのに、僕だけ入社から10年ずっとカフェでした(笑)」。
お店の音楽はお客さんが心地よく過ごすためにある
大島さんが大学生活を送った90年代前半はまさに「渋谷系」の時代。さまざまな音楽ジャンルを取り込み、ポップミュージックへと昇華させたアーティストが多数輩出された。なんと高校時代はパンクに傾倒していたという大島さんだが、上京後はレコード屋やクラブなどに通い、さまざまな音楽に触れてきた。
そのなかで学んだのは「価値観が一気通貫しているか」だという。
大島さんは語る。「『渋谷系』って音楽だけじゃなくて、自分自身のなかで『こういう価値観を通して生きていきたい』というのが明確だったというか。こういう空間が好きならこういうインテリアだよね、こういう服着たいよね、こういう音楽かけたいよね……って、一本筋の通った価値観でライフスタイルを形成していた人たちが多かったんです。そういう人たちとともに青春を過ごしたのは大きかった」。
学生時代の経験は、大いにお店づくりにも影響したと大島さん。
「人、場所、音楽が揃ってはじめて、空間に調和が生まれるんですよね。そして、お店の音楽はお客さんが心地よく過ごすためにある。この思いははずせないところでした」。
大島さん自身、飲食には疎かったそうだが、当時はカフェ文化そのものが黎明期だったこともあって、CAFFÈ@IDÉEは飲食店未経験者のスタッフたちが多かったという。経験は豊富少ないけれどバイタリティはある、そんな若者たちとともに「誰のためにこの音楽をかけているのか?」という意識づくりから、お店の音楽を変えていったという。
「その頃は、自分がいいなあって思う曲をいろいろ録音して1枚のミックスCDをつくっていたんです。で、お店の場所が南青山だったこともあって、ミュージシャンやレコード会社の方がよく待ち合わせなんかに使ってくれていたんですが、つくったミックスCDがそうした人たちの耳に届くようになって。2003年にIDÉEの名前でコンピレーションCDを出すことになったんです」。

その後も、IDÉE Recordsとして合計8枚のアルバムをリリース。今日では音楽サブスクリプションサービスで「カフェミュージック」などのプレイリストが多数配信されているが、IDÉEのコンピレーションアルバムは、それらのルーツとも言えるかもしれない。
「そこで過ごす時間をより豊かにしてくれる要素として、音楽っていうのがすごく重要に思ってくれている人がたくさんいるんだなっていうのを実感できたので、アルバムリリースはとてもいい経験でしたね」。
大島さんセレクト 1日に寄りそうおすすめのレコードたち
大島さんはDJとしても活動している。
1日をすごす際に寄り添ってくれる音楽や、最近お気に入りの音楽をピックアップして紹介いただいた。

画像 1段目上
JOÃO GILBERTO『João Gilberto』
画像 2段目下 左から
NICO ROJAS『ギターのためのフィーリン』
Carlton and the Shoes『This Heart Of Mine』
佐藤博『AWAKENING』
PACO DE LUCIA『フラメンコギターの泉』
Hats『The Blue Nile』
sam gendel『4444』

「BGMとしてかける曲はなるべく、過ごし方の邪魔にならないように選んでいます。
たとえばNICO ROJAS『ギターのためのフィーリン』は、キューバで生まれた音楽。元気溌剌!という曲調ではないところが、『今日1日どう過ごそうかな』と考える時間にうまく溶け込んでくれるかなと」。
また、大島さんはなるべく日本語の曲はセレクトしないようにしているという。
日本語だとどうしても歌詞を読み聞くことに意識を取られがちになってしまうからだとか。
「まあ、僕たちの世代は、欧米に対する憧れがある世代でもあるからなんですが(笑)。佐藤博の『AWAKENING』は、アメリカ西海岸を感じさせる都会的なサウンドが心地よい、シティ・ポップの名盤。実際に渡米先で制作されています。夕方の時間帯におすすめのPACO DE LUCIA『フラメンコギターの泉』は、途中から曲調が一気に変わるんです。曲調のコントラストが、昼から夜に切り替わっていく時間の流れに重なるように思いますね」。

「sam gendel『4444』は2017年に発売された比較的新しいもの。ここ最近のお気に入りです。昔からずっとお気に入りなのは、JOÃO GILBERTO『João Gilberto』。『ボサノヴァの父』とも称される、ブラジルを代表するアーティストです。自分の中での名盤とも言えるかもしれません。お店のサウンドチョイスにも、すごく影響しました」。

音楽をもってカフェという空間をととのえてきた大島さんだが、自身が心身をととのえるためにどんなことをしているのだろうか。
「数年前に、箱根にある古いマンションをセカンドハウスとして購入したんです。それと、車の免許も取得しました。都内に住んでいたため、ずっと免許を持っていなかったんですが、コロナ禍をきっかけに新しいことを始めたいなって思って。憧れだったクラシックタイプのVolvo245を衝動買いして、いまは平日は東京、週末に車を走らせて箱根で過ごすのがルーティーンです」。
東京と箱根の二拠点生活、そしてその道中のドライブが、もっぱらの楽しみなのだという。

「景色は変わるけど自分のポジションは変わらないっていう、移動する個室空間というのが良くて。箱根に向かう道中、ビル群からシーサイド、そして山へと移り変わる様子を眺めながら音楽を聴く時間が好きですね。逆に、箱根のマンションではあまり音楽はかけません。あえて音楽をかけなくても、木が風に揺れる音とか、鳥の鳴き声とか、自然音が豊かなんです。山の音を聴きながらお酒を飲んだり、温泉に浸かったり。普段いる場所と場を変えることで、リフレッシュできている気がします」。
音楽と自然音、都会と郊外を行き来することが、心身をととのえることにつながっているという大島さん。音楽に囲まれながら過ごし、音楽で場づくりをおこなってきた彼がいま、箱根ではあえて音楽に囲まれないというところに、新しい心身のバランスの取り方を学んだ気がした。

大島忠智(IDÉE ディレクター)
インテリアブランド、IDÉEのディレクター。1998年IDÉE入社。飲食マネージャー、広報、バイヤーを経て、現在はブランドのディレクションを担当している。インタビューウェブマガジン「LIFECYCLING」と音楽レーベル「IDÉE Records」の企画・運営にも携わる。また、無印良品のギャラリー「ATELIER MUJI」の企画展示も手掛けている。