
「ととのえないことで各々の生活をととのえている」
文・平山靖子 / 写真・飯本貴子
小さな家に開放感もたらす中庭を兼ねたリビング
建築家・アーティストとして活動する座二郎さんと、インテリアデザイナーで妻の天本みのりさん。一家が5人で住まう邸宅は建築好きの界隈において多少知られた物件だ。
玄関を開けて広がる吹き抜け状のリビングを見上げると、四角く切り取られた空が広がっている。この家、リビングの屋根が、ないのである。

「以前は西船橋の社宅に暮らしていたんですが、いつかは家を持ちたいなと。妻のみのりさんとは高円寺で出会ったこともあって、中央線文化圏に住みたいなあと思っていたんです」と座二郎さんは話す。「それに、こう……、『漫画家は中央線沿いに住むもんだろ!』なんて(笑)」。
しかしながら、探し出すと、立地や価格など理想や条件にぴったりフィットする土地というものはなかなか見つからないもの。ようやく見つけたこの場所も、延床面積60㎡未満、家族5人が暮らすと、1人当たり7畳ほどの空間しか確保できないというハードなものだった。
しかし、ともに建築や内装設計の専門家である座二郎さんとみのりさん。ふたりらしいユニークな手法で建蔽率の上限をクリアにする。それが、リビングの屋根をなくすというアイデア。
そうして、空を切り取るようにぽっかり空いたリビングの屋根部分に布を渡すという独自の空間が生まれた。天気がいい日は布を畳んで天井を開け放し、雨模様や寒い日には布を渡して天井を閉じる。
「これは香川の金比羅山宮の参道をヒントにしました。店と店のあいだ、人が歩く部分に白い布が渡せるようになっていて、可動式のアーケードになるのがおもしろいなと」と座二郎さん。
「あとは家族でよくキャンプに行くんですが、タープを張るのが一番楽しい作業なんですよね。人が過ごすための空間がタープによってできていくというか。そういう経験も、設計に一役買っている気がします」。
土地自体を広げられない以上小さな家であることには変わりないのだが、閉塞感とは無縁の空間。ふと空を眺めると、数羽の鳥が横切るのが見えた。
団欒の場、午睡の寝床、ときどきバーベキュー場やプール場
ソファでくつろいだり、寝転んでゲームをしたり。普段は家族団欒の場となっているリビング兼中庭だが、濡れては困るものをいったん退かしてしまえば、本当に野外と同じように活用できるところがおもしろい。
「こういう家にしてよかったなと感じるのは、いろんな人が遊びに来てくれることですかね。天気のいい日にバーベキューをやったり、ビニールプールを置いて即席のプール場をつくったり。シャンパン開けるのも心配ないですよ。ポーンと空に向かって、景気良くコルクが飛んでいくので」。
床部分は板張りではなく土間。しかも、若干の傾斜を設けて端に排水のための側溝を設けているので水捌けもいい。玄関側の壁面にはテレビやピアノ、飾り棚が並ぶ一角と、逆側には地続きのダイニングスペースがあるのだが、これらはガラスの引き戸によって区切ることができる。

かなり屋外的な使い方をしても、家財が濡れたり汚れたりしないように工夫がなされているというわけだ。また、しっかり仕切ることで寒い日の防寒にもなる。
なお、1年を通して土間の上での生活を快適にするため、床暖房が設置されている。土間特有のしっかり硬い感触なのに、スリッパを履かなくても快適。厳冬期は、大型の反射式のガスストーブを併用している。
「タープを開けて解放してても、床暖房とガスストーブでけっこう冬場も暖かいんですよ。夏は土間だからひんやりしてますし、うちに遊びに来てくれる人は、床に座りこんで過ごす人が多いですね。畳っぽいというか、芝生っぽいというか、ぺたっとしたくなっちゃうのかも」と座二郎さん。
外特有の開放感があるのに足元からじんわりぬくぬくと暖かく、座り込むどころかそのまま寝そべってしまいそうに。
ととのえないことで暮らしをととのえている
閉塞感はないものの、とはいえ家を建てた頃より3人の子どもたちは大きくなっているのは実情だ。それとなく座二郎さんに尋ねると「そうなんですよ〜。近い将来、この小さい家に大人5人が行ったり来たりすると思うとすごいですよね」と笑う。
老婆心ながら、思春期の子どもたちを含めた5人が互いに心地よく暮らすのは大変なのではないかと疑問に感じたが「いやあ、僕が思っているよりずっと子どもたちは器用にやってるんですよね」と飄々と答えてくれた。

「うちは、ととのえないことで暮らしをととのえているのかもしれません」とふたりは話す。
「2階にはもともと僕が作業するスペースとして小さい書斎を設けたんですが、最近は子どもたちが勉強に使ってます。……あ、ゲームも置いてますが(笑)」と座二郎さん。
「広さが限られるからこそ『このためのこの空間』っていうものをつくらないようにはしていて。家のなかにはいわゆるフリーアドレスというのか、そこでどう過ごすかで用途はなんとでもなる空間が書斎を含めて4箇所くらいあるんです。家族みんながうまくそこを使ってますね。ひとりになりたい時にはそこで各々過ごすんです」。
みのりさんも「そうそう、なんだかうまくいっています。なんなら子どもたちのほうが順応が早いくらい」と頷いた。
リビングであり中庭である空間を中心に、書斎は勉強やパソコン、ゲームに。子ども部屋の広い机は勉強だけではなくマンガを読みながらおやつを食べるテーブルに。ちなみにロフト状のベッドに上がるための階段は膨大なマンガを収納する本棚を兼ねている。
小さな家は「あえて用途を決めない」というフレキシブルさに溢れているのだ。

「たださすがに手狭になってきたんで、家の隣のアパートを作業場として借りたんですよね」と座二郎さん。「僕だけじゃなくて、みのりさんが作業したり、子どもたちが勉強に使ったりしています。子どもが独り立ちすると手狭さも解消されるので、作業場は期間限定のつもりなんですが、すっかりここもモノが多くなってしまって……。なんだかんだで借り続けちゃいそうだなあ」。

心地よい音楽をかけることで心がととのう
ととのえないことで暮らしをととのえている、座二郎さんとみのりさん。空間をフレキシブルに使えるようにすることでポジティブに「どうとでもなる」ようにしているわけだが、あえてしっかりととのえることにこだわりを見せているのが、音楽だ。
「作業中は音楽を聴いているのもあって、音響装置に関してはけっこうあれこれしてきましたね」と座二郎さん。
食卓のテーブルでも仕事をおこなうこともあって、冷蔵庫の上にウーファーを設置。雨風に伴う電波障害を受けないよう、壁面のなかに有線を通して、中庭兼リビングの向こうにあるテレビから、AppleTVを介して5.1chサラウンドの音楽をかけられるようにしているという。
「無音の方がいいという人もいますが、僕はもっぱら音楽がないと落ち着かないタイプですね。昔から音楽は僕にとって大事で、90年代からずっと自分用の作業曲プレイリストを毎年つくってきたんです。それこそ、選曲に時間的コストをかけてきたので、音楽を選ぶこと自体が仕事道具を選ぶのと同義かなと」。
現代においてはサブスクリプションが主流だが、レンタルCDが主だった楽曲取得の術だった時代には、プレイリストそのものをつくることが大きな価値ある時間だったと座二郎さんは話す。「94年から2000年くらいのプレイリストを、デジタルに落とす作業をしているんですが、『誰のどの曲』という覚え方をしていないので、データからなくなるともう見つけられないんですよ」。
起きて、作業して、子どもを送り届けて作業して、食事をとって作業して……。「オンとオフの切り替えはあるんですか?」という問いに対して、被せるように「ないです!」と即答した座二郎さん。彼自身のライフスタイルがまさに「ととのえないこと」であるわけだが、音楽とそれにともなう時間を費やすことでバランスを取っているような気がした。
そんななか座二郎さんはボヤく。「曲だけじゃなくてラジオも好きなんです。ただ、最近はよく知り合いがゲストに出るんですよ。『俺と違ってこいつはラジオに呼ばれるくらい人気者なんだ』って思うとなかなか作業に集中できなくて……」。

狭いながらも楽しい我が家
タープは開閉がしやすく、また雨が溜まりにくいよう張る紐の結び方や、支えるためのポールを増設したりといままで5回ほどマイナーチェンジを繰り返している。ダイニングも、オーブンレンジの位置など幾度かの模様替えを経ているそうだ。
「屋根がないと何が大変って、雨風が吹き込むことよりも、土埃と落ち葉なんですよね。掃除をサボると、すぐにベランダ部分が車のボンネットみたいになるんですよ。あと、秋になると青梅街道からケヤキの落ち葉が大量に運ばれてくる。タープをしっかり張っても、なんでだか入り込むんですよね〜」
不思議そうに上を見上げる座二郎さんに対して、みのりさんも続ける。
「普通の雨なら問題ないですけど、ゲリラ豪雨の時は大変なんですよ。タープに当たる雨の音が響いて、会話もできないくらい」。
「そうそう、外に出た方が静かなんだよね」。
予想外のできごとそのものも受け止めながら、その都度チューニングして、暮らしを心地よいものにしていく。ととのえすぎないことで生活動線に余白を残し、家族それぞれに過ごし方の最適解を委ねている。
100年ほど昔に、アメリカでヒットしたあと日本でも訳されたものが人気となった『私の青空』という曲がある。歌詞には「狭いながらも楽しい我が家」という一節があるのだが、座二郎さん一家が暮らす家こそまさにそれを体現しているようだった。

右:座二郎
1974年生 建築家・アーティスト
左:天本みのり
1976年生 インテリアデザイナー