
<後編>藤森ウィンザーチェアの世界
椅子の出自が違う?トーネット vs ウィンザーチェア
━ トーネットの話が出ましたけれども、曲木の椅子から発展した、曲げパイプの椅子もデザインされていますね。
藤森:スチールパイプはよく使いますね。
━ ATELIER MUJI GINZAで以前、曲木と曲げパイプの椅子の展示を企画したんですけども、もう一つの椅子の原型と進化を探るのはすごくおもしろかったです。藤森さんはトーネットにのめり込んだことは?
藤森:トーネットも大好きなんですけどね。いわゆるパイプ椅子の原型じゃないですか。もちろん好きなんですけど、トーネットの椅子はやはりトーネット社が開発した曲木技術が前提です。要するに家具をプロダクトとしてどうやって開発したらいいかっていう視点で出来ているものだと思うんですが、ウィンザーチェアはもっと自然発生的に生成した民衆家具の一つですよね。そこには、様々な議論があるとは思うんですけども。ウィンザーに興味があったってひとつの要因は、そのプリミティブさなんじゃないかなって気がしています。
━ たしかに曲木の方は、大量生産との絡みで出てきた技術あっての椅子ですし、歴史的に19世紀までしか遡らない。ウィンザーチェアとは目的や発祥の仕方が違いますね。
藤森:そう、ぜんぜん違うんですよね。書籍『近代椅子学事始』によると、シェーカー、ウィンザーチェア、明の椅子、そしてトーネットの4つが近代の椅子のルーツとされています。でも、トーネットだけちょっと出自が違うのかもしれないって、WDでは話しています(笑)
━ そうなんですね!

藤森:とはいえ、広く色んなところに浸透したという意味では確かにそうです。パイプ椅子を生み出した要因でもありますしね。
━ そうですね。機械というか、新たな技術なしには生まれてこなかった椅子なので、個人的にはトーネットの方が「デザイン」の原型のように思います。
藤森:そうですね。椅子を組み立てずパーツで輸送するノックダウン方式など、すごい発明だとは思います。
━ その発明に魅了されている部分はあると思うんですけど。たしかにウィンザーとは、本当に出自が違いますね。
藤森:林さんとウィンザーチェアの歴史を分析してみたら、80年代だけあまりデザインされていないことが分かりました。80年代から90年代前半ぐらい、ポストモダンの時代は、おそらく古臭いものとして遠ざけられたけど、60年代70年代にはすごく作られていたんですよ。
━ (*9)ウェグナーや (*10)タピオとか?
藤森:そうですね、デンマークでもいっぱい作られています。
━ やはりデンマークが一番多いですか?
藤森:「リ・デザイン」されたものが多いんでしょうね。要するに (*2)「FDB」もそうですけど、「リ・デザイン」の文化ってやっぱりデンマークなんです。ポンと新しいものが出てくるのではなくて、歴史をきちんと引き継いで作るという。その思想は(*11)コーア・クリントから始まり、彼から影響を受けた(*12)ボーエ・モーエンセンや (*13)ポール・ヴォルターらが、実践として古いものを引き継いで作るなかで、一つの原型としてウィンザーチェアが出てきたのではないかと思うんです。ウィンザーチェアは、同じパーツを切って作るなど、やり方によってはとても安価に仕上げられますから、「FDB」には向いていたと思います。
*9 Hans Jørgensen Wegner 1914-2007
*10 Ilmari Tapiovaara 1914-1999
*11 Kaare Klint 1888-1954
*12 Børge Mogensen 1914-1972
*13 Poul M. Volther 1923-2001
師匠、大橋晃朗のこと。そして再び実測のはなし。
━ ウィンザーデパートメントは「リ・デザイン」に意識的に取り組んでいるんですけれど、日本で「リ・デザイン」を意識的に教えた人っているんでしょうか?
藤森:どうでしょう…
━ その意識が日本では薄いような気がするんです。
藤森:僕らの世代よりも前の世代の教育の方がもっとあったのかな。僕の師匠の(*14)大橋晃朗っていう人が…
━ 大橋さんが師匠だったんですか?
藤森:そう最後の弟子なんです。大橋晃朗は初期にシェーカー家具の研究をやっていたんですよ。まだ日本にそれほどシェーカーの情報がない時代に、シェーカーの椅子を独自に複製したそうです。そういう影響もありましたね。後に先生がデザインした家具は全然違いますが。
━ 作風はたしかポストモダンだったというか…
藤森:ポストモダンの時代だったっていうのもあるし、僕が学生の時は、(*15)倉俣史朗さんも然り、この世代の人たちは既存のものとはまったく違うものを作るんだ、というところでデザイナーとして、作家としてやっていく意識がすごくあったと思うんです。僕はそんな時代に大学で実測の授業を受け、そのやり方を学びました。もちろん、歴史的な家具の「リ・デザイン」の話もありました。大橋自身はそれを経て、すごく過激な表現をしていましたけど、教育はまず実測からでした。
━ そうですか、面白い話ですね。大橋さんの作品から想像したのとは逆の授業です。やはり基礎をきちんと踏まえていた人だからこそ独自の表現へと進めたんでしょうね。
藤森:そうですね。だから僕も学校で教え始めた頃は、実測の授業をやっていました。
━ 私はデザイン教育を受けたことがないので分からないんですけど、実測というのは、パーツごとに測っていくということですか?
藤森:僕が最初にやった実測は、大橋先生の研究室に名作椅子がいっぱい置いてあって、そのなかから学生が自分で一脚選んで測るというものでした。で、僕はシンプルだと思ってウェグナーの「ブルチェア」 を選んだんですね。ところが手で削っている部分があって水平垂直もない。そういうことを知らないから、実測するのに一番難しい椅子をシンプルだと思って選んでしまった。先生はニコニコしてました(笑)。
で、椅子を大きな模造紙の上にどんって置いて、例えば、椅子の背もたれのカーブに1センチごとに目盛りを付け、その目盛りから「下げ振り」を落として模造紙の上にマーキングしていくんです。下げ振りっていうのは、測量で使う糸の先に重りがついた道具ですね。で、マーキングをつないでいくと背もたれのラインが現れます。
立面的な高さは床から測り、垂直に対しての傾きは壁を利用したり垂直面を作ったりして、そこからの距離を出します。そうやって、ひとつひとつ測って三面図(原寸図)を描き上げるんです。 そうすると、何気なく見ていた椅子が、こんなによくできているんだ、ああなるほど、こんなところがこんなことになってる、ということが頭で分かるっていうよりも体感できる。それでびっくりしちゃって、実測の体験が、家具って面白いと思うきっかけになった。椅子は彫刻的でもあり、使える道具でもある。
━ すごい、今でもそういうことを?
藤森:今は学校教育でもそこまで厳密に測るところは少ないと思います。時間がかかるので僕たちは3人ぐらいで手分けしながらグループでやっていました。
━ 大変な作業なんですね。
藤森:なんとなくじゃなくて、厳密にやろうとすると大変です。まあ絵の勉強をする人が有名な絵を模写するのと似て、そこで得られる事が結構ありました。それだけで、ものの見方が変わるというか。
━ どういう風に変わりました?ウィンザーの場合は。
藤森:実測後は、これまでは何気なく見ていているだけで何も見ていなかったんだ、と理解しました。その椅子がどういう成り立ちで、どういう思想からできているのかまで、椅子自体に現れているはずなのに、何も見ていなかった。なので、ものをよく見るようになったというか…。そんなこともあったのでもう一回ウィンザーを実測して体感したいと思ったのかもしれないですね。
━ 今はそういう授業を受けようと思ってもなかなか受けられないでしょうから貴重な体験です。
*14 大橋晃朗(おおはし てるあき)1938-1972
*15 倉俣史朗(くらまた しろう)1934-1991

藤森:そうですね。「Ruca」はウィンザーチェアであることに加えもうひとつコンセプトがあって。実はこれ、朝ごはんの時に使いたいなって思って作った椅子なんです。要は、ゆったり食事をするんじゃなくて短い時間をサポートする椅子。行為と行為の間(あいだ)をきちんと受け止める椅子があったら面白いなと。なので、座面の奥行きは極端に短いんですよ。
━ なるほど。長く座らなくていい生活の時間帯を勘定に入れている。
藤森:まあ長く座っても大丈夫なんですけれど、椅子に座る行為を含めてデザインしたかったっていう。
━ ミラノの (*6)カスティリオーニさんのスタジオに行くと「セッラ」 というスツールが置いてある。あの腰かけとどこか似た考え方かもしれませんね。カスティリオーニさんは、いつもうろうろ、じっとしていない人だったから、電話する時にちょっとそこに腰かけたりするけれど長居はしない。そうした人の行為も一緒にデザインしていました。
藤森: そうですねまさに。だから、家の椅子をすべて「Ruca」に統一してもらいたいわけではなくて、ダイニングに一脚、キッチンや玄関に一脚置いてよしっていう椅子を目標にデザインをしていった。すると意外なことにカフェでたくさん使われたり、大学の図書館にずらりと置かれたり・・・。
用途を絞ったら逆に用途が広がっていきました。どこでも使えるっていうものほど疑わしいものはない、特徴があるものの方が逆に用途が広がっていくっていう。その辺が勉強になりましたね。
━ その考え方はすごく面白いと思います。
藤森:そうですね。で、「Ruca」の後に「Cooper」を作ったんです。

藤森:ウィンザーチェアを実測してその構成に興味を持ったので、今度は、その構成部材を最小限にするどうなるかを実験的にやってみようと。椅子の脚は座に刺しただけ、背もたれ(スピンドル)は2本で笠木(背あたり)も最小に。でも座ると気持ちがいい。そんなぎりぎりのサイズ感と表情を目指して。スピンドルは座面を貫通させて後脚に接合し、強度をもたせています。これも機能模型を作って、身体へのフィット感を検証しました。座面は正円ではなく若干楕円です。
━ 円のようで楕円という微妙な違いが視覚的に心地いいです。
藤森:背もたれはスピンドル2本しかないんですけど、当たりも悪くない。
━ 座りも、心地いいですね。


━ アウトドア、インドアどちらもいけますか?
藤森:そうですね両方。座面の素材を変えることで、どちらも使えるよっていう仕様にしてあります。内と外が繋がるような空間があって、そういうところに使いたいなあと。
━ 縁側のような場所ですね。
藤森:空間性というか、この椅子がどんな場所で使われるのかということはすごく考えますね。さらに椅子としての実験性を組み合わせてデザインしていきます。
━ 家具は展示するときも、どうしても物の展示になりがちなので、空間性で見せることができるといいですね!
藤森:そうですよね。実際にそれがどこか、公共の場所で数多く集まったときにどう見えるかっていうことはとても大事です。
━ そうですね。これは先入観なんですけれど、ウィンザーチェアって家庭での使用が主体だというイメージがなぜかあったんですね。でも日本では公共の場所でもよく使われていますね。図書館に持ち込んだっていうのは面白い。たしかにイギリスでは学校の椅子としても使われていたわけですし。
藤森:そうですね。大学の図書館や実習室だったりするんですけど、ずらりといっぱい。さらにオフィスやオフィス内のカフェとか。これは大学のカフェテリアですね。
━ どこの大学ですか?
藤森: (*7)山梨学院大学「iCLA」 です。 (*8)伊東豊雄さんが設計した学部棟の家具を担当したんですけど、コンクリート造の空間に、木の家具「Ruca」がずらっーと入っている。
━ 集合体で見ると圧巻ですね。
藤森:そうですね。カラー展開も増えたのでイメージが変わります。そして背もたれに面がないので抜け感があるんです。だからたくさん並んでも気にならない。その圧迫感のなさが、広まった要因でもあるのかなって思います。カフェにずらりと置かれても、その空間全体が重くならない。トーネットの椅子なんかもそうですよね。
━ その観察は面白いと思います。
藤森:この写真を撮った時も、なるほど、と思いました。スケールが小さいので数をいっぱい置ける。これだけ並んでスポークの線が何本もあるのに、ふわ〜って空間に馴染んでいく。