DRILL DESIGNの場合 <1>


Photo:Sohei Oya(Nacasa&Partners)


じんわりと沁みてくる椅子

まず伺いたかったのは、ドリルデザインが「ウィンザーチェア」を意識したのはいつごろだったかということです。普段よく見かける椅子が、「これはウィンザーチェアという椅子の大きな流れの一つを形作っている椅子なんだ」ということを意識するようになったきっかけは何かありましたか?
林:初めて意識したのは、デザインの勉強を始めたときに出会った、*1渡辺力さんの *2「リキ ウィンザー」じゃないかな。ウィンザーと名前にあって、その形式と構造が完全に一致していたんです。
安西:*3豊口克平さんの椅子もあります。
林:それは*4「スポークチェア」ですね。
安西:私は「リキ ウィンザー」の存在は知っていても、それがウィンザーチェアという椅子の形式の一つの水脈のなかにあるということをよく分かっていなかったですね。リキウィンザーはスピンドルがいっぱいあってなんだか懐かしいな、というぐらいの意識だった。学生時代には、椅子の形式については正式には習っていなくて、自分でリサーチしていました。
林:大学生の頃だったかな、デザインが好きでいろんな椅子を見る機会があったけれど、90年代後半からコンセプト中心のデザインのブームみたいなものがあったので、当時ウィンザーチェアはあまり注目されていなかったと思います。
ウィンザーチェアの良さを感じられる土壌がまだ整っていなかったんでしょうね。
林:それでも、いろんな椅子を見ていくなかで、渡辺力さんがデザインした「リキ ウィンザー」が記憶に引っかかったのを覚えています。僕は渡辺力さんの仕事が好きで、尊敬しているデザイナーの一人です。
やがて日本で、北欧のデザイン、とくに *5ハンス・ウェグナーなどデンマークのデザイナーが注目されるようになってメディアでも取り上げられるようになったとき、北欧の家具には「リ・デザイン」という手法があることを認識しました。その手法が脈々と、 *6コーア・クリントの時代から続いてきている。さらに、北欧の巨匠たちがみな若い頃に、ウィンザーチェアーをリ・デザインしていることに気づきました。ウィンザーチェアーとはっきり認識するようになったのはそのころからですね。20代半ばぐらいだったかな。「昔、実家で使っていたので」なんて言うと一番説得力があるのかもしれないけれど、そうじゃないんですよ(笑)。

*1 渡辺力(わたなべ りき)1911-2013
*2 「リキ ウィンザー」(1984)インテリアセンター(現カンディハウス)
*3 豊口克平(とよぐち かつへい)1905-1991
*4 スポークチェア。1963年に天童木工より発表されたウィンザーチェア。デザイン・豊口克平
*5 Hans J. Wegner 1914-2007
*6 Koare Klint 1888-1954



夜ふけのオムライスとウィンザーチェア
椅子のデザインという大海を前にして


そうなんですね。ウィンザーチェアの何に惹かれたのかを言葉にすると、どういうことなんでしょう?
林:ドリルデザインとして独立した当時から、僕たちは家具デザインをやりたいと思っていたんですけれど、思い入れが強すぎて、家具を手がけることなく10年ぐらい経っちゃったんですね。で、2009年に、あるメーカーから椅子のデザインのオファーがありました。クライアントから伝えられた条件は、ローコストの木製の椅子を、というだけです。
そこで初めて「無限にある椅子のデザインのなかから自分たちは一体何を作ればいいんだ?」ということに向き合ったんです。僕たちは、椅子のデザインは何か強いアイデアがないとできないと思っていたので、考えに考え抜いたんですが、ある段階で、もうアイデアを考えるのはやめようってなった(笑)。考えすぎて行き詰まったんです。そこで、使っていて心地いいとか、安心感があるとか、雰囲気がいいとか…。好きというかなんと言ったらいいのか…。アイデアではなくて、「ああ、なんかこの椅子いいな」と思える椅子が作れればいい、と最終的に思うようになったんです。アイデアではなく、椅子の雰囲気のようなものを見るようになって、そこで気づいたのが、ウィンザーチェアの雰囲気の良さでした。
感覚的になることに抵抗していたのかもしれないですね。
安西:そうですね。私たちはデザインをチームで始めたということもあって、デザインの手法はまずコンセプトを決めてからアイデアを固め、それを形にしてくというプロセスを取ることが多かったんです。その場合、アイデアが決まった時点でほぼかたちも決まってきます。
椅子でも同様の手法で進めたところアイデアが強すぎて「ちょっと、これ欲しい?」みたいになったというか、なにか辻褄が合わなくなってきて。それで、もう行き詰まった時に、恵比寿のオムライス屋さんに食事に行ったんです。するとその店にウィンザーチェアが…。林さんは忘れているかもしれないけれど。
林:あったね。
安西:そして、オムライスを食べながら「なんか椅子ってこういう感じがいいよね」となった。散々やってやり尽くして、どうしてもいい椅子ができなかった後で、「椅子って、こういうものでいいんじゃない? こういう椅子がいいかもしれない」というような話をしました。そこにアイデアは感じない、でも素朴で懐かしい、なにか惹かれるよね、と。こういう感じでやってみたらいいんじゃないかという話を、夜中にオムライスを食べながらしたんです。
それはいい話ですね。夜中のオムライス屋さんでウィンザーチェアに救われた。
安西:そう、地下にある店でした。
林:あのころは、ほんとうに考えすぎてノイローゼ気味でしたね。
安西:いつもそんな感じではあるんですけれど(笑)。


▲ 「BEETLE」/ Photo:Takumi Ota


形式からあえて逸脱する「BEETLE」ビートル

安西:最初に「ビートル」を作ったときはまだ、雰囲気を求めるだけではなく、やはり何か新しさがないとデザインとして成立しないという気持ちが強く、かなり構造的なチャレンジをしています。だから林さんは、今の自分であればもうこういうことはやらない。あの時ならではのチャレンジだったって話しています。
林:そうなんです。
その構造的なチャレンジっていうのは何だったのでしょう?力みすぎたのかもしれないというチャレンジについて教えてください。
林:当時はまだ<ウィンザーデパートメント>を始める随分前だったので、ウィンザーチェアの認識は、座面に脚もスピンドルもすべて差し込まれている椅子、という程度でした。
一方「ビートル」では構造ではなく雰囲気だけを取り出し、座面に孔をあけてホゾで作るんじゃなく、板材で組み立てられないかという方法を探ったんですね。元になっているのは、絵で描くとこんな感じ、子供が描いた椅子の絵みたいなものです。スピンドルが3本で、ちょっと懐かしい感じ。それを、(棒材ではなく)板を切り出して組み立てると、どんな風になるかと考えて作ったのが「ビートル」という椅子です。


▲ 「BEETLE」の構造を説明するスケッチ


安西:次にデザインした「ヴィレッジ」(現製品名:ドルフ)は、座面にスピンドルが刺さって、脚が刺さって、という(ウィンザーチェアの)典型的な構造により忠実な椅子です。一方で最初の「ビートル」のときは、従来の形式から逸脱した椅子を作ろうと考えたんです。シルエット的には、脚があって背が三本ついているというカタチを、平たい合板を切り出して組んで作っています。背の中央のパーツも板を切り出しています。つまり、従来の棒材とはまったく違う平面の板を切り出して組んで作る、そういう構造の椅子です。


▲ 「BEETLE」の開発初期のラフ模型 / ダンボール製


その場合は、ウィンザーチェアと呼べるんでしょうか?
林:一般的には呼べないと思います。
構造をもってウィンザーチェアと呼ぶのか、それとも雰囲気なのか…。何か深い問いかけのように感じます。
安西:《WD》では、こうでなくてはならない、というルールを置かずに、自分たちがウィンザーチェアだと思えばそれをウィンザーチェアと呼んでいるんです。
研究会ですからね。ドリルデザインとしては雰囲気のようなものが一番大切で、構造の定義ではない。例えばそうした前提を置くことも大切だと思います。
安西:そうですね。雰囲気っていうとぼんやりしてしまうんですけど、長く続いてきた椅子だからみんなの記憶の中にある椅子、そういうものがウィンザーチェアの魅力のひとつだと思っています。
林:一般的な作り方とは違うけどウィンザーチェアのもつ懐かしさ素朴さもある。「ビートル」は棒材ではなく切り抜いた板から作って、ウィンザーチェアの雰囲気をもう少し現代的な作り方で表現できないか、と思ってチャレンジしたものです。ただ、X脚は強度的に難しくて、不安定な部分を補強するなどし、製品として完成させるまで苦労しましたね。
初めから相当チャレンジングなことをしたんですね。


▲ 「BEETLE」の構造(初期のプロトタイプ)/ Photo:FULL SWING


安西:若いときのチャレンジって、ちょっとした反骨精神というか、基本通りに作るんじゃなくて、一旦バラバラにして自分たちのやり方で作っちゃおう、みたいなことにもなる。そこが(基本に忠実な)デンマーク人(のリ・デザイン)と違うところかもしれないです。私たちは、ウィンザーの雰囲気を従来とはまったく違う手法で作るみたいなことを、最初に挑戦しましたね。
ウィンザーチェアなんだけれどウィンザーチェアから少しずれている。だからか、この椅子が好きな人はすごく好きだといってくれます。他にはない雰囲気を持っていると、今もお店に置いてもらっています。
今ならばこうしたチャレンジはしない?
安西:そうですね、今だったらもう少しうまくやります。(笑)
林:椅子って経験を積めば積むほど上手になっていくんですね。当時は知らないことがたくさんあったからアプローチが思い切ったものになったという感じです。構造的にはウィンザーチェアじゃないんだけどウィンザーチェアのような形を作ろうとしているので、製作プロセスに少し無理が出る感じになったんですよ。今だったら無理が出ないように、じゃあどうすれば板材で組めるのかを冷静に考えられるかもしれないです。でも「ビートル」については、これはこれで良かったと思います、うん。


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