Part1/ウィンザーチェアの過去と現在



ウィンザーチェアという椅子

ずいぶん前に「近代椅子学事始*」という1冊の本を読んで、近代の椅子には4つの源流があることを知りました。「シェーカー教徒の椅子」「ウィンザーチェア」「明の椅子」「トーネットの椅子」の4つです。興味深いことにこの4つの椅子は、それぞれが時間と空間を超え、世界中でリ・デザインが繰り返されています。こういった椅子の原型のようなものが、長い時間をかけてどのように進化してきたのか、なぜ何百年もの間廃れずに生き残ってきたのか、そこにとても個人的な興味がありました。

4つのタイプの中でも、17世紀後半からイギリスの庶民のあいだで作られていたウィンザーチェアは部材数も他の椅子と比べて格段に多く、加工も全て違う角度で穴を開けなければならないなど、あきらかに面倒なつくりの椅子です。この材料も加工も多い形式の椅子が現代まで絶滅せずに生き残っているという事実は、道具の進化という観点から見ると実に不思議で、注目に値します。

現代のデザイナーは基本的に1919年のバウハウスから始まる合理性やシンプリシティーを特徴とするモダンデザインの世界の中でデザインしています。もしくは、無意識に影響を受けていると言っていいでしょう。ウィンザーチェアはバウハウスよりもっと前の時代に誕生し、1700年代の当時の技術(足踏み旋盤を使った丸棒材や手斧で座面をつくる技術)においてはとても合理的なものでした。椅子の歴史上、量産のための分業制が初めて導入されたのもウィンザーチェアで、旋盤職人、座面職人、組立職人など部品ごとに技術が専業化され、モダンデザインの考え方につながる存在だったとも言えます。

しかしその後、加工技術が改良・機械化され、材料の選択肢も増え、より部材が少なく、丈夫で安価な椅子がつくれるようになったにもかかわらず、この形式の椅子がつくり続けられてきたのはなぜでしょう。トーネットの曲木椅子が1800年代に発明され、バウハウスの思想が世界を席巻した後も、なぜこの椅子は絶滅しなかったのでしょうか。それどころかウィンザーチェアは独自の進化を遂げ、背の形状の新しいバリエーションが生まれたりしています。それはこの椅子が淘汰されない「なにか」を持っているとしか言いようがありません。機能性とかロジックを超えたなにかを。それはモダンデザインの思想を超えたもっと根源的なものだと思っています。
* 「近代椅子学事始」発行:株式会社ワールドフォトプレス 著者:島崎信/野呂影勇/織田憲嗣

《Windsor Department》
林裕輔 (DRILL DESIGN)